デューデリジェンスとは一般に「DD」と略され、M&Aの対象となる会社の詳細を調査・分析することを意味し、実務上は「買収監査」と訳されます。DDの目的は多くの場合、「リスクの洗い出し」、「買収の可否判断のための調査・分析」や「バリュエーションのための調査・分析」と捉えられることが多いですが、それと同じかそれ以上に重要な役割として「企業買収後の経営を成功に導くための調査・分析」ということがあります。DDを担うのは各種専門家であり、その専門家の役割はほとんどの場合、「M&Aを成約させるまで」つまりは「株式譲渡などを実施し、経営主体を売り手から買い手側に移転させるまで」であるため、DDの目的を「リスクの洗い出し」、「買収の可否判断のための調査・分析」や「バリュエーションのための調査・分析」と捉えがちですが、肝心の買い手にとってはM&Aは手段でしかなく、その後の経営の方が重要です。ですので買い手にとってのDDは「企業買収後の経営を成功に導く」ために実施するという意味合いがある、ということです。
DDの目的が「企業買収後の経営を成功に導くこと」であるのなら、その手法はM&Aの場面でなくとも企業の現状分析にも応用可能です。M&Aでは経験値の高い専門家が行うものなので、実務はかなり高度ですが、その手法を学ばない手はありません。今回は「各種DDを自社の現状分析の手段として活用する」という前提の下、その概要と多くの企業に当てはまる論点などについて解説します。
たとえば以下のような調査を行います。
建物→面積、用途、構造、築年、内装、外装、設備、有害物質(アスベスト等)
係争の可能性の有無 等
1.事業デューデリジェンス(事業DD)
事業DDとは、本シリーズで解説しているような企業の現状分析全般を意味します。この後説明する各種DDが、企業の特定の部分や機能などをその調査・分析の対象としているのと比較して、事業DDは企業全体・事業全体を調査・分析の対象とするのが特徴です。内容は他の回と重複しますので割愛します。
他のDDは専門家の力を借りることも選択肢ではありますが、事業DDは経営者自身が行うべきです。M&AでのDDは他の企業についての調査・分析なので様々な制約がありますが、自社の現状分析の場面であれば、制約は極めて限定的です。
2.財務デューデリジェンス(財務DD)
財務DDとは、調査対象となる会社の資産状況、損益状況、キャッシュフローの状況、その他財務的な調査・分析を行うことを意味します。単なる財務分析とは異なるものです。M&Aの場面では多くの場合、公認会計士に依頼したり、後述する税務DDと合わせて税理士に依頼したりします。調査・分析の結果判明した財務的影響は数値化し、将来の事業計画や数値計画へ反映させます。また、調査・分析の結果はバリュエーションにも反映させることでバリュエーションの精度が向上します。また、財務DDの結果だけでなく、後述する他のDDの調査・分析結果について、それが数値化できるものは全て財務DDに反映されることを通じて、実態の貸借対照表、損益計算書そして事業計画に影響します。
主な論点としては以下のような事項があります。その内、貸借対照表の資産に計上されているものについては「資産性は実在するか(実在性)」、「資産の額は時価となっているか(評価額)」、「換金可能か」といった視点で、負債に計上されているものや計上すべきものについては「抜け漏れはないか(網羅性)」の視点で分析します。
(1)資産に関するもの
売掛金、受取手形、前払い費用、棚卸資産、
時価のない有価証券、ゴルフ会員権、保険積立金、建物、土地、
無形固定資産、貸付金、差入保証金、敷金 など
(2)負債に関するもの
各種引当金、退職給付債務、残業代等の未払い、その他の簿外債務・偶発債務 など
また、損益計算書に関する事項としても、売上の計上時期は適切か、売上と原価の計上時期は一致しているか、などの調査・分析を行うべきです。但し、その場合は会計についての正しい知識が求められますので、公認会計士や税理士に相談することをおすすめします。
3.税務デューデリジェンス(税務DD)
税務DDは、税務リスクの把握のために実施するものです。M&Aの場面では、税理士法人などに依頼して実施することが一般的です。自社の現状分析に応用する場合でも、前回の税務調査から時間が空いている企業ほど、税務DDの重要度は高いと言えます。但し、税務DDは専門家以外が行っても効果が出ない事項もありますので、実施に当たっては注意が必要です。
主な実施事項は以下のようなものです。
- 税務申告書の再チェック
- 過去の税務調査での指摘事項への対応状況
- 過去の取引内容の精査
- 税務コンプライアンス体制の確認
「4」については、今後の社内体制の整備と関連することもあり、とても重要です。以下のような内容が含まれます。
- 文書化、フローの統一化、内部統制、資料の補完状況、
- 税務当局とのコミュニケーション
- 顧問税理士との関係(担当者の交代など)
4.法務デューデリジェンス(法務DD)
法務DDの目的は「法的な実務課題の洗い出し」です。M&Aでは弁護士に依頼して実施します。自社の現状分析においても、以下のような事項に明確に回答できない場合は弁護士に関与してもらい、分析・調査を行い、結果への対応を相談すべきでしょう。- 定款に自社の現状と矛盾する記載はないか
- 株主総会や取締役会は適法に開催されているか
- 定款や議事録に事業上の制約となる記載はないか
- 登記上の権利関係はどうか
- 名義株はないか
- 株主に問題のある者はいないか
- 特殊な契約は存在しないか
- 取引先などに反社会的勢力やその疑いのある者がいないか
- 知的財産権の権利関係はどうか
- 業法の改正動向はどうか
- 法的リスク回避やコンプライアンスの体制はどうか
5.人事デューデリジェンス(人事DD)
人事DDは、組織風土、報酬体系、スキル構成、キーパーソンなどを明確化するために実施します。たとえば以下のような調査を行います。
- 全社、各部門の使命とそれを落とし込んだ心得は明確か?
- それを元に役職員にどう活躍して欲しいかが明確か?
- 期待している動きをしている役職員に報いる制度はあるか?
中小企業には「労務」に詳しい人材はいても「人事」に詳しい人材はいないことが多いですので、人事DDについても専門家の力を借りることも選択肢のひとつです。たとえば、人事に強いコンサルタント会社などです。但しその場合、新しい人事制度を作るところまでコンサルタントに依頼するのかは慎重な検討が必要です。
主な内容としては、
6.労務デューデリジェンス(労務DD)
労務DDの目的は「労務リスクの洗い出し」であり、守りの面での人事DDとも言えます。主な内容としては、
- 労使関係
- 法令遵守体制
- 未払残業代(通常2年、最大4年)
- 離職率や休職率
- メンタルヘルス
が挙げられます。日頃から社会保険労務士などにこまめに相談している、社内に労務に詳しい人材がいるなどの場合は、自社内で簡易的に実施するという選択肢もあります。そうでない場合は、弁護士か社会保険労務士といった専門家に相談してみましょう。
7.システムデューデリジェンス(システムDD、IT DD)
システムDDの目的としては、「IT・システム関連のリスクの洗い出し」、「今後の必要投資額の算定」などが挙げられます。DDの前提の置き方にもよりますが、現状の事業と現状のシステムを所与として、その延長線上での調査・分析である場合は、DX化などには対応できませんので注意が必要です。主な内容としては、
主な実施事項は以下のとおりです。
- システムの安全性や信頼性
- コンプライアンス
- 情報システム人材
- 今後のシステム投資に要する額や時間のシミュレーション
8.不動産デューデリジェンス(不動産DD)
不動産DDの目的は「不動産に関するリスクの洗い出し」、「今後の必要投資額の算定」が主なものです。自社で土地建物などの不動産を所有している場合、賃借でも工場などの箱ものがある場合には実施すべきものです。逆に、オフィスビルのテナントなどとして活動している場合は実施の必要性は低いと考えられます。主な実施事項は以下のとおりです。
(1)物理的調査
土地→面積、形状、地勢、土壌汚染、間口、奥行き 等建物→面積、用途、構造、築年、内装、外装、設備、有害物質(アスベスト等)
(2)法律的調査
行政上の使途制限、都市計画、建築の遵法性、所有権等の権利関係係争の可能性の有無 等
(3)経済的調査
地域経済、需要動向、価格トレンド土地については不動産鑑定士、建物については不動産鑑定士に加えて建築士・調査専門部門がある建設会社などに依頼することが一般的です。複数の専門家に依頼する場合は、それぞれ別個に依頼するのではなく、プロジェクトチームを作り、連携して活動してもらう必要があります。また、一般的な不動産鑑定よりも対象が広いなどの理由で、不動産鑑定士だけでは完結しないこと、経験がある不動産鑑定士に依頼すべきことなどの注意点もあります。
9.環境デューデリジェンス(環境DD)
近年、重要性がますます高まっているのが環境DDです。その目的は「環境上の問題点の把握」、「環境管理体制」ですが、社会的な関心・意識の高まり、法制度の整備などを通じて、その調査対象は拡大しています。一般的な環境DDの内容は、- 土壌、地下水汚染のリスク確認
- アスベスト、PCB等の有害物質の利用・残存状況の把握
- 廃棄物管理の状況把握
- 大気排出、給排水、温室効果ガス排出の状況確認
- 労働安全衛生状況の確認
- 現地調査(フェーズⅠ:聞き取り、資料の確認、フェーズⅡ:必要に応じてボーリング調査等実施)
以上で内部環境分析についての解説は終了です。次回からはSWOT分析・クロスSWOT分析について解説予定です(間に補足説明の回を追加する可能性もあります)。
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