事業計画の作り方14にて「現状理解と現状分析」、その補足として事業計画の作り方15で「事業計画づくりのための財務分析」、事業計画の作り方16で「ローカルベンチマーク」について説明しました。今回も「現状理解と現状分析」の補足として、ROICツリーについて説明します。ROICツリーは会社ごと・事業ごとに応用が可能なこと、時系列で追いやすく、過去から現在までの推移だけでなく、将来においても定点観測を行うためのツールとして活用しやすいものです。
1.ROICとは?
ROICは「Returen On Invested Capital」の頭文字をとったもので、「ローイック」と読みます。
事業に実際に活用した資産に対して、どのくらいの利益を上げることができているかを見る指標、というのが最も基本的な使い方を表しており、資金調達コストを表すWACC(荷重平均資本コスト)を上回っているか、下回っているかという使い方もされます。
ROIC>WACCの場合、投下資本を使って、資金調達コストを上回る利益を計上できているROIC<WACCの場合、投下資本を使った利益率が、資金調達コストすら稼げていない
ということですね。
ROICの計算式は、
ROIC=NOPAT/事業投下資本
で、式の右辺は、
NOPAT=税引後営業利益=営業利益×(1-実効税率)事業投資資本=総資産-非事業用資産(※)(※)非事業用資産=運用目的の有価証券、持ち合い株式、役職員や取引先への貸付、ゴルフ会員権、オーナー個人用の社有車など本業とは直接関係ない資産
です。
なぜ「現状理解と現状分析」の項目でROICを紹介するかというと、それが「利益の構造を分析するためのツール」として活用することができるものだからです。
2.ROICツリーの展開
「ROICツリー」は、
ROIC=NOPAT/事業投下資本
というROICの計算式を分解していって、企業の利益の構造を分析するためのもので下の図のようなかたちとなるので「ツリー」と呼ばれています。下図の内容については後ほど触れます。
ROICツリーは「バリュードライバー分析」とも呼ばれます。バリュードライバーとは、「企業の利益を生み出す源泉」、言い換えると「企業価値の源泉」を意味します。なお、より正確な表現をすると、企業価値の源泉はキャッシュフローであり、キャッシュフローの源泉は利益である、その利益はどこからどのようにどの水準で生み出されているかといったことを分析する方法、ということです。
では、ROICの計算式を分解していきましょう。ここから先は文字だけの説明では全体像や位置づけが分かりにくいので上記の図と見比べながら読んでいただければと思います。まず最初に、
ROIC=NOPAT/事業投下資本NOPAT=営業利益×(1-実効税率)
でしたので、
ROIC=営業利益/事業投下資本×(1-実効税率)
と表すことができます。ここでの「営業利益/事業投下資本」は「税引前ROIC」と呼ばれます。よって、
ROIC=税引前ROIC×実効税率
となります。ここからは「税引前ROIC=営業利益/事業投下資本」をさらに分解していきます。
税引前ROIC=営業利益/事業投下資本
の右辺を分解すると、
税引前ROIC=(営業利益/売上高)×(売上高/事業投下資本)
と表すことができます。括弧書きは不要かとは思いますが、表記を分かりやすくするためあえて付けています。この式は、
税引前ROIC=売上高営業利益率×資本回転率
とも表記できます。ここからは、右辺の「売上高営業利益率」を分解していきながら収益性分析を、「資本回転率」を分解していきながら効率性分析を行っていきます。
(1)収益性分析
売上高営業利益率=営業利益/売上高
を原価面に着目すると
売上高原価率=原価/売上高
さらに原価の主な構成要素ごとに
売上高労務費率=労務費/売上高売上高仕入率=仕入額/売上高売上高外注費率=外注費/売上高
といったように分けることができます。なお、この分け方は決まりごとがあるのではなく、企業ごと・事業ごとに工夫できるものです。
そして、販管費でも同じように考えると
売上高販管費率=販管費/売上高
販管費の主な構成要素ごとに
売上高販売費率=販売費/売上高売上高一般管理費率=一般管理費/売上高売上高人件費率=人件費/売上高売上高広告宣伝費率=広告宣伝費/売上高売上高営業交通費率=営業交通費/売上高
原価・販管費、両方に関係する減価償却費でも
売上高減価償却費率=減価償却費/売上高
とすることができます。これらは全て、収益性を表す指標です。
(2)効率性分析
ここからは、
資本回転率=売上高/事業投下資本
を分解しつつ、効率性分析を行っていきます。
資本回転率は、それぞれの資本の何倍の売上をあげたか、資本を有効に活用して売上をあげているかという効率性を見る指標です。
ところで、資本回転率の構成要素として「売上債権回転率」といった用語が出てきますが、事業計画の作り方15では似た用語として「売上債権回転期間」が出てきました。この両方の用語は同じ効率性を意味しており、売上債権回転率が高いと売上債権の回収までの期間が短いことを意味し、売上債権回転期間はそれがどのくらいの時間がかかっているかを意味しています。ROICツリーでは「回転率」の方を使うことが一般的ですので、以下「回転率」で説明していきます。ちなみに「率」と付いていますが、回転率の単位は「%」ではなく「回転」ですのでご注意ください。
資本回転率の計算式の右辺の分母は、事業に使用している資産であれば、どれでも当てはめることができます。
現預金回転率=売上高/現預金運転資本回転率=売上高/運転資本
「運転資本=売上債権+棚卸資産-仕入債務」ということは「運転資本回転率」は以下の3つの要素で構成されます。
売上債権回転率=売上高/売上債権棚卸資産回転率=売上高/棚卸資産仕入債務回転率=売上高/仕入債務
また、
事業用有形固定資産回転率=売上高/事業用有形固定資産事業用無形固定資産回転率=売上高/事業用無形固定資産事業用その他資産回転率=売上高/その他資産
といったものもありますね。
3.ROICツリーの活用事例
以上のようにROICツリーは「現状理解と現状分析」のツールとして、体系的な財務分析ができるのですが、そこからさらに数歩進んで先進的な企業では、ROICツリーの一番右側の項目について、KPI化して責任部署を決めたり、KSFまで落とし込んでいる事例もあります。以下、有名な事例ですので、ぜひリンク先の資料もご覧ください。
<ROICツリーの活用事例>
ヤマシンフィルタ(PDF) P19以降にROICツリーが出てきます。
日立(PDF) P16にROICツリーが出てきます。